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【音楽あれこれ】ロックの定義  

何だかんだで1週間ブログ更新してませんでした。

さて、タイトルに悩んだんですよ。今日のテーマは。

じつは、なんくいさんのブログを拝見していて、オフコースのことが書かれていたのですが、
ふむふむと読む一方、ちょっと違和感を感じるので、何か反論ではないのですが、
補足というかそう言ったのを書きたいという、単なる対抗心で、書き始めているわけです。

ちょっともやもやした、なんくいさんのブログはこちら

歌謡曲探究18オフコースが定着させた「和様折衷ポップス」

まず、歌謡曲が引っかかるんですが、これはテーマなので、とりあえずは置いておいて。

デビュー当初から、「さよなら」でブレイクする少し前の1970年代末ごろまでは
「フォークソング」と呼ばれ、「さよなら」以降、1980年代末の解散の頃までは、
「ニューミュージック」と呼ばれ、今では、J-POPと呼ばれ・・・

実際には、彼らは、ミュージックジャンルでカテゴライズされるのを、極端に嫌ったのです。

2人の時代も、5人のバンド時代も、そしてソロになってからも、一貫して、彼らはロック」だったのです。

さて、ロックミュージックってどんな音楽?って聞かれると、そのカテゴライズは曖昧です。

テンポが速い曲がロック、遅い曲はロックじゃない・・・
派手なエレキギターやドラムがロック、フォークギターはロックじゃない・・・
フルバンドがロック、弾き語りはロックじゃない・・・

1970年に日本初のロックバンドと言われた「はっぴぃえんど」がデビューしました。
でも、「はっぴぃえんど」の曲を聴くと、フォークとどこが違うのでしょうか?

エレキギターで派手にリフを入れているわけでもなく、テンポがものすごい速いわけでもない。
でも彼らは、ロックバンドでした。

同じ時期のミュージシャンで、矢沢永吉さんがロックで、吉田拓郎さんや泉谷しげるさんがフォーク。

いろいろありますが、僕は、音楽に取り組む姿勢と、音の質がロックなのかな?
とも思います。
そして、音楽を聴く人が、これがロックだといえばロックなのでしょう。

オフコースに話は戻ります。

僕は、一貫して彼らの音楽はロックだったと思います。

ごく初期の2人の時代の曲は、一般的には、フォークソングと呼ばれるジャンルだったかもしれません。

しかし、当時のフォークソングとは一線を画し、それこそなんくいさんの言う、シティーミュージックといっても
良いほどの、クオリティの高さと繊細さを持っていました。

70年代のアーティストの多くがビートルズに影響を受けたのですが、彼ら2人は、PPMの影響
を受けていたことも、他のフォークのアーティストとは違うテイストであった理由の一つだと思います。

オフコースが秀逸だったのは、その音楽性ばかりはありません。
オフコースの音楽性の高さは、主に鈴木康博さんによるものです。
小さい頃からジャズを聴いて育ち、音楽理論に長け、いわば、テクニック、作曲、編曲では、
小田和正さんの先生でもあった存在でした。

そして、小田和正さんは、歌謡曲から入り、「ムーンリバー」に衝撃を受けて以来、
映画と音楽の融合、音楽によって、映像が浮かび上がる、またはその逆について、
オフコースでデビューした当初から考えていた方です。

だから、小田さんの歌詞には、いつも情景が浮かび上がり、なんくいさんも触れた様に、
四季が感じられるのです。

しかし、ふわっとした、美しい情景だけでは、売れる曲にならない。
そこにメスを入れたのは、1975年のアルバム「ワインの匂い」から関わる、
東芝の武藤ディレクターです。

さて、話を先に進める前に、ロックの話に戻りましょう。

その武藤ディレクター。1975年に、できたばかりの「ワインの匂い」と、「眠れぬ夜」という曲を、
ある人物に聴かせます。

それがオフコースのドラマーであった、大間ジローさんですが、この2曲を聴いて、
「オフコースって名前は知ってたけど、何か女みたいな声で歌ってるくらいしか知らなかった。
ちゃんとレコード聴いたら、これはすごい!本格的なロックだよ!って感動した」

とそのとき、武藤ディレクターに話したそうです。

レッドツェッペリンに影響を受けたジローさんがオフコースはロックだと。
翌年の彼の加入によって、オフコースは、本格的ロックバンド化して行くわけです。

同じ時期、武藤ディレクターによって、オフコースに引き合わされたのが、
大間ジローさんとともに秋田から上京し、ジャネットでも一緒だった、松尾一彦さん、
そして、大阪から連れてきた、バッドボーイズの清水仁さん。
バッドボーイスは、その少し前まで、大阪では、ビートルズのコピーバンドとして、
それなりの知名度と活動をしていましたが、メンバーそれぞれの素行も悪く、
解散直前の時期でした。

PPM、レッドツェッペリン、ビートルズ、それぞれがうまく融合して、あの音楽性の高い、オフコースに
なり得た訳ですね。

どこかで、加藤茶さんが、
「いかりやさんはジャズで、仲本さんがロカビリーでしょ、高木さんがハワイアンだから、一緒にやって合うわけがない」
と、ドリフターズがお笑いに方向転換した理由を話してましたが、
オフコースは見事に融合した訳です。

武藤ディレクターに戻りましょう。

アルバム「ワインの匂い」で、オフコースの音楽の作り方に触れた武藤ディレクターは、
「小田君の歌詞は、具体性がない」と言っていました。

確かに、情緒あふれる光景ではあるのですが、抽象的で、情緒的で、
具体性がないと言われればそうかもしれません。

そこでできあがったのが、1977年発売の「秋の気配」
この曲の歌詞で、「あれがあなたの好きな場所 港が見下ろせるこだかい公園」
と、横浜の港の見える丘公園をズバリ差しています。

でも、武藤ディレクターは不満だったようです。

「これでもかなり具体的に書いたんだけど・・・」
と後に小田さんはこう振り返っています。

しかし、その後の「愛を止めないで」、そしてブレイクのきっかけとなった「さよなら」
などは、強いメロディ、具体的な歌詞(「さよなら」のくり返しなんて、言葉が強すぎますよね)
で、ヒット曲となっていくのです。

当時の四畳半フォークやメッセージフォークの様に、生活臭が感じられる
ことは無かったものの、音楽性の高さを維持しながら、情緒だけでは売れないという
武藤ディレクターの理論は、オフコースの音楽性を高度に高めてそして、売れる曲
へと導いていったのです。







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2015/06/27 14:26 [edit]

category: 音楽あれこれ

thread: お気に入り&好きな音楽 - janre: 音楽

tag: オフコース  小田和正  鈴木康博  大間ジロー  清水仁  松尾一彦  ドリフターズ  東芝 
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